誰のための人権か

<翻訳記事>

誰のための人権か
Robin Willoughby, STWR 

世界人権宣言の60周年は、政府と市民が権利と責任に一定の形を与えた国際的試みの金字塔である。だがこの間に前進があったかどうかは、データを見れば一目瞭然だ。世界では12.5ドル以下で生活する貧困層は30億人以上に上る。飢餓人口は今年だけでも大幅に増加し、10億人に迫る勢いだ。2008年は世界史上最高の農業生産量を記録したにもかかわらず、地球上では6人に1人が「食」という最も基本的な権利を奪われている。なぜこのような状況になったのか。

この背景には、大国が政治的自由や平和、安全保障といった分野で人権を優先し、経済社会的正義のための権利を後回しにしてきたことがある。

豊かな国は、民主主義や政治的自由を掲げながら政治力と軍事力で人権問題に訴え、平和と安全保障を追求した。これは国連平和構築委員会やテロリズム対策委員会といった国連内部機関の設置や、平和維持目的の介入が拡大していることからもわかる。さらに、ルワンダやユーゴスラビアの人道犯罪を裁く臨時の国際刑事裁判所など、国連安保理の権限のもとで多くの人権機関が創設されている。

国際社会は、テロ対策やジンバブエの民主主義崩壊、人権に基づくイラク侵攻など、具体的な事象の中でしか人権を議論しない。こうした限定的な捉え方により、「人権」や「人道」という言葉に軍事的な意味合いが備わるようになった。「人道的介入」は軍事侵攻を、「剛健人道主義」(muscular humanitarianism)は復興支援活動を意味する。またアメリカの人権擁護団体は、ダルフールの政情不安打開に「平和の増派」(peace surge)が必要であると訴えた。EUも人権を基盤とした外交政策の一環として緊急対応部隊を発足させた。NATOは「破綻国家」や人道上の緊急事態、さらに平和と安全保障を脅かすとみなされた国に対する組織的な介入を可能にした。世銀もこれに参入し、2006年のインド洋大津波の復興支援で見られたような再建と介入を業務の一環として行うようになった。

こうして民主主義、平和、安全保障、そして「人道」主義を優先した結果、北側諸国に受け入れられる人権法と、世界の大半が緊急に求める人権法に食い違いが生じるようになった。大国が個人の人権と安全保障を優先する一方で、経済社会的権利が犠牲になってきたのだ。

欧米の経済大国は、世銀・IMFの枠組みを通じて、自国の世界戦略と政治ビジョンに合致した人権政策と経済開発を他国に強制している。貿易障壁を撤廃し、資本の蓄積を促進し、ビジネスを活性化すればトリクルダウン効果で貧困が緩和し、人権の保護につながるという考え方だ。

対照的に、経済領域における国連の役割は縮小の一途をたどる。経済権利と自由の保障に努める国連機関は縮小し、政策決定では沈黙を強いられた。経済社会理事会は任務を完全に果たすことができず、その権限は経済大国の圧力のもとで、北側諸国と利害を共にする世銀・IMFにシフトしていったのである。

国連貿易開発会議(UNCRAD)も同様の運命に見舞われた。90年代には、アメリカ率いる国連の有力メンバーが、資金拠出の条件として経済グローバル化というイデオロギーへの追従を迫った。途上国が意見を述べ、豊かな国と貧しい国が経済政策を議論する機会として設置されたフォーラムも、貧困国への「専門アドバイス」を提供するだけの場に成り下がった。

国連開発プログラム(UNDP)も資金削減と縮小の危機に瀕している。アメリカでは昨年、メディアの集中砲火の果てに連邦議会がUNDPへの資金拠出を削減し、代わりにアメリカの開発・人権ビジョンに即した国連機関として国連起業イニシアチブ、国連民主主義基金に資金を充てた。

経済開発の分野で国連の役割が縮小したことにより、経済的権利の保障に多元的な視点が欠落するようになった。自由市場経済成長モデルと、富のトリクルダウン理論による基本的ニーズの確保が広く制度化されたが、その一方で、こうした制度が原因となって世界各地で貧困、不平等、飢餓が進んでいることが国連のデータで明らかになっている。

また、狭い視野で人権を捉えることにより、国連と援助機関が大国の利害に与する「トロイの木馬」として人々の目に映りかねないと指摘する専門家もいる。この理論をたどれば、現地で国連職員と人道ワーカーへの不信感が増していることも不思議ではない。

世界人権宣言60周年はこうした限定的な人権よりもむしろ、幅広い世界的課題に取り組む重要な機会である。平和と安全保障、民主主義の推進は「人道的軍事主義」を生み、そして経済大国に有利な人権を体現させた。さらに、経済的権利の推進が世銀とIMFによって制度化され、基本的人権をイデオロギーで守ろうとする試みが拡大した。

こうした課題に立ち向かうため、各国政府は世界人権宣言にうたわれる権利と責任のすべてを均等に重視し、十分な生活環境と社会保障、公正な賃金、食糧と居住の充足といった経済的正義を課題に盛り込むべきである。こうした全体的なアプローチは、政府や国際機関が平和、安全保障、テロリズム、ジェンダーなどの複雑な人権問題に対処するうえでも役立つだろう。

国連の活性化は、基本的人権を優先するうえで重要な役割を果たす。この目的を達成するために、国連は経済政策策定の場として独立性を維持するべきである。世銀やIMFのイデオロギーに制限されるのではなく、独立を守り、さまざまな経済開発ビジョンを役立ててこそ、グローバルガバナンスの中心に立つことができる。世界経済の方向性を再考することによって、援助を最も必要としている国が描く国連像をより良いものにできるのだ。

先ごろの金融危機救済策では、十分な理由があれば各国政府がすばやく調整を行えることが判明した。経済グローバル化の恩恵を受けられなかった底辺層は、自国政府の救済を待っている。そうした政策によってのみ、世界人権宣言の起草者の願い、つまり政治的多元主義と平和、安全保障、万人のための真の社会経済正義を実現することができるのである。

出典(脚注はこちらを参照):10th December 08 - Robin Willoughby - STWR 

参考記事:
口語の世界人権宣言
世界の飢餓人口、08年に4000万人増加 FAO (AFP)

About the Author

Rieko Terui